【Fate/Zero】一時間後の、 Fate/Zero 2015年06月17日 【Fate/Zero】時葵時臣さん誕生日おめでとうございました。※聖杯戦争前あたりの隙間時空の取り留めもない話。※綺礼もいる※間に合わなかったんじゃないからね…この時間に投稿したかっただけなんだからね… 魔術の修行をしていると、ふと時間を忘れてしまうことがある。時間だけでなく、食事や体の調子などについても。二人して奇蹟の業に没頭し、気づけば飯も取らずに日付を越すことさえしばしばあった。特に、聖杯戦争も間近となったこの時期は。それは、この日も。おや、という師の声に顔を上げる。「いつの間にか、もうこんな時間だ」彼の視線を追えば、そこにあったのは時計だった。その華奢な長針は丁度真上を、短針は30度ほど傾いた場所を指している。つまり、深夜の一時。魔術書を読んだだけではよくわからない箇所があると言って師を誘いこの地下室に降りた時も、ちょうど同じような時間を見た記憶がある。それは半日前ではなく、もし時計が24時間表記だったとしても全く同じ時間を表示させるはずの時間だった。水差しと多少の干し肉が備蓄されていたので、それを食った記憶はある。が、それも何時間前の事だったか。「道理で腹も減るはずだね。綺礼は大丈夫かい?」「は……いえ、少々体が重く感じます」はい、と言いかけて訂正する。代行者としての修練を積んできた綺礼にとって一日ほどの食を抜いた程度ではそう影響もないが、それに加えて多量の魔力を消費しているのだから、鈍い疲れがあった。前に一度疲れを伝えなかった時、その後に万全の全体力を注ぎこむような術を使わされて倒れかけたことがある。それからは、必ず体調を正しく伝えるようにと言われているのだ。「ああ。自身の体の不調を自覚できることは良いことだよ」満足気に綺礼の師は微笑み頷く。「さて、では上へ行こうか。何かしら、用意があるだろうからね」「はい」「この時間だ、明日の午前は休みにしようか」「わかりました」そんな雑談を交わしながら階段へ。途中、時臣がぱちりと指を鳴らせば背後で地下室を照らしていたろうそくが消える気配がした。深夜一時。廊下の電灯は落とされている。月光の入る大きな窓は明るいが、やはりそれは夜の暗さを出ないものだ。それでも時臣の足がもつれないのは、間取りに慣れているからではなく、視力を強化する魔術を使っているからだろう。魔術は、こういう時には便利だ。暗視ゴーグルなどで代用できるとしても、それが今手元になければ意味が無い。使用人全てに暇が出されて数日。時臣の使い魔のお陰で廊下は掃除が行き届き綺麗だが、どこか冷たさを感じるように思う。塵一つなく、余りに綺麗すぎるからかもしれない。「今日の夕食は何なのだろうね」その綺麗な廊下を歩みながら、ふと時臣がぽつりと漏らした。視線は前を向いたままだし独り言のようにも聞こえるが、何の気なしに綺礼は答える。「リビングへ行けばわかるのではないかと」「それでは味気がないだろう。――そうだね、綺礼。肉料理か魚料理、どちらだと思う?」不意に時臣が振り向いた。窓から差す月の光に、碧の瞳がぼんやりと光って見える。「……その問いに意味はあるのでしょうか」「特にないよ。単なる雑談さ。だが雑談が嫌だと言うのなら、ふむ、賭けようか」「何をお賭けになりますか?」「何にしようか。明日のティータイムの茶葉を選べる権利はどうだい?」「それでは師が勝った場合のメリットが少ないでしょうに」大体貴方がいつも選んでいるのではないですかと綺礼が言えば、時臣は面白そうに笑った。「ああそうだね、その通りだ」「それでは何に――」話している内に、そこはリビング。扉を開ければ答えが目の前にさらされるだろう。「ここは一つオーソドックスに、相手に一つ言うことをきかせられる権利、でどうだい」「良いのですか? それを私と約束して」「ふふ、朝のマラソンでも泰山の麻婆でもなんでも付きあおうじゃないか」「わかりました。恐ろしく苦い薬草の実験台にもなりますし、書庫の整理も任されましょう」お互いに視線を合わせ、口角を上げた笑みを交わす。さあどちらに賭けると問う時臣に、綺礼は「肉」と答えた。ならば私は魚だねと時臣は言い、ドアノブに手をかけた。「――――おや、葵」灯りの落とされた屋敷の中、その部屋だけは明るかった。開いた扉の間から光がこぼれだし、薄闇に慣れた目を白く塗りつぶす。綺礼より少しだけ早く光に慣れた時臣は、そこに予想していなかった人物を見つけて名を呼んだ。「あら、あなた」椅子に座っていた彼女は、上品な仕草で手にしていた本を閉じる。緩く髪をまとめ薄緑のネグリジェに身を包んだ姿は、もう就寝しようとしていたところなのだろうか。日頃ならば彼女は、もう二時間は前に眠っているはずだ。「遅かったですね。待ちくたびれてしまいましたよ」「それは……すまない。いつものように先に寝ていてくれて良かったのだよ」時臣の声が困惑していることが、その後ろに立っている綺礼にもわかる。葵が白い頬を少し膨らませて自らの怒りを示しているからだ。わざとらしい仕草は本心ではないことをありありと語っているが、だが彼女がこのような行動を取るのは珍しい。だから本心が読めず、時臣は困っているのだろう。「全く、こんな日まで言峰さんが優先なのですね。凛もついさっきまで待っていたんですよ」「優先しているのは聖杯戦争だ。君たちを蔑ろにしているわけではないさ」「それは、わかっていますけれど」「それより凛が夜更かししていたのかい? 確かにあの子の調子はもう少し遅い時間のほうが良くなるようだが――」夫婦の会話は、どうにもすれ違っているようだ。葵が膨れている原因がわからないままに、時臣は魔術師の家の長として、娘でもある弟子の調子について考えこんでしまっている。その前に一つ、気にすべき単語があるというのに。「……奥様、少しよろしいでしょうか」「何でしょうか、言峰さん」「『こんな日』とは? 今日は記念日か何かだったのでしょうか」葵が目を見開く。その反応に綺礼は多少うろたえた。今日のこの日は誰もが知っている記念日だったのだろうか。6月の記念日と言ってすぐに思い出せるのは父の日だが、それは来週だったはず。6月に祝日はないし、最近増えている語呂合わせの類だろうか。一瞬だけ彼女は浅く眉間に皺を刻み、そして手のひらを上にして時臣の方を示してみせた。「――何を言うんですか。今日じゃありませんよ」「今日ではない?」「もう、昨日です。昨日は、この人の誕生日だったんです」「――――それは、それは」なるほど、もっとシンプルに考えるべきだった。と綺礼は考える。それならば彼女が不服そうにしている理由も納得がいくというものだ。今日の理由を綺礼が聞いた時に驚いた仕草を見せたのもわかる。彼女にとって、というよりこの家の人間にとって、その日はとても大切な日だったのだ。と言ってもこの家で誕生日というものを大々的に祝うところは見たことがない。贈り物くらいはみな毎年用意しているようだが(綺礼も3人から贈り物をもらったことがあるくらいだ)、一般的に誕生日といって想像されるようなパーティやデコレーションケーキなどは用意されないようだった。凛の誕生日に一度、ディナーに行くと言っていたことはあったが、それは彼女の入学祝いと合わせたイベントだったはず。そんなことを冷静に綺礼が考えていると。「……そう、か」口を開いたのは、時臣。どこか、呆けたような口調だった。「そうだったか。それで、待っていてくれたのだね」ゆっくりと進み出る。膨れていた葵は、少し情けないような顔をしていた。もう時刻は夜中なのだ。普段は規則正しい生活をしている彼女だから眠気を感じていることだろう。そんな気の緩みが、彼女らしくない行動を取らせてしまったのかもしれない。表情は、後悔しているようにも見えた。「やっぱり忘れてらしたんですね。あなたらしいですけれど」「すまない。そういえば、去年も忘れてしまっていたな」「そうですよ。凛がせっかく選んだのに反応が薄かったって、落ち込んでしまっていたじゃないですか」昨年のことならば綺礼も覚えている。落ち込んでいる凛をからかったら脛を蹴飛ばされたのも良い思い出だ。「すまなかった。こんなことが埋め合わせになるとは思わないが、許してはもらえないか」葵の目前まで歩み寄った時臣は彼女の片腕に指先を添えた。もう片方の指先で彼女の額の髪を払い、自然な仕草で口付ける。葵の頬がほんのりと朱に染まった。まるでナンパ男が女性を口説くようなシチュエーションだ。だがそんな安っぽい言葉では足りない美しさがそこにはあった。「……もう。許すとかそういう話じゃありませんよ、私があなたを祝いたかっただけですもの」わがままでごめんなさい。そう言いながら彼女は伸び上げって、お返しに夫の頬に口付けた。「お誕生日おめでとうございます。あなた」「ああ、ありがとう、葵」夜の帳に包まれた静かなリビングで見つめ合い寄り添う二人の姿はとても整っていた。碧と翠の瞳は互いを映し合い、言葉さえも必要ないほどの愛情を語り合う。互いに愛しあう夫婦の優しい戯れ合い。映画のような完成された美しさ。濃密ながらもどこか爽やかな雰囲気の中で、綺礼は自身の立ち位置を完璧に演じきった。すなわち第三者として。いや、むしろ家具か置物のように静かに。彼らの世界を壊さぬように。二人と一人は、暫くそのまま静寂に浸っていた。「……今年も、凛にはすまないことをしてしまったな」「あなたが忙しいと、あの子もわかってはいるんですけれどね」苦笑を交わし、夫と妻はようやく身を離す。「――さ、もう遅い時間ですから。お二人とも早く食事をとってお休みになったほうが良いですよ」「お手伝いしましょう」「あら、ありがとうございます、言峰さん」おそらくは毎日の決まった夕食の時間に作られた料理。いくつかの料理は暖めないといけないはずだ。キッチンへ向かう葵の後を、置物から人に戻った綺礼は追いかけた。キッチンへとたどり着いた葵は、まずオーブンのタイマーをセットした。続いてスープの入った鍋の乗ったコンロを灯し、保温状態になっていた炊飯器を開ける。もわりと白い湯気が上がった。「すみません、言峰さん。ライス用のお皿を取ってもらえますか?」「こちらの平たい皿でよろしいでしょうか」「ええ、そうです。二枚ともお願いしますね」彼女の手際はいい。綺礼は彼女の指示にしたがって皿を出したり箸の準備をするが、その手伝いがなくても彼女は一人で充分に食事の準備ができることだろう。それを知っている綺礼の目的は、なので別にあった。葵の盛り付けていく料理に目を光らせる。白いライス、卵とえのきの中華風スープ。レタスとトマトのサラダには彼女お手製のフレンチドレッシング。メインディッシュは、見当たらない。その時オーブンが『チン』と音を立てた。そこから葵が取り出したのは、アルミホイルに包まれた塊。それを、彼女はライスを盛ったのより大きな皿へ載せた。「これは?」「ええ、ホイル焼きを作ってみたんです」「ホイル焼き、ですか」焦げ目のついたアルミホイル。隙間からは油の浮いた透明な液体がこぼれだしいい匂いを放っている。嗅ぎ取れたのはバターの香りだった。それと、タンパク性の何か。流れ出しているのは、溶けたバターと中の具から染みだした汁の混ざったものなのだろう。「具は、何ですか」問いの理由はもちろん、先ほどの時臣との賭け。肉ならば綺礼の勝ち、魚ならば時臣の勝ち。忘れてなどいない。ライスもスープもサラダも、どれもどちらも使っていないようだが、このメインディッシュならば。……油の量からして、肉と考えるのは早計だろうか。綺礼が料理のメニューに興味を示すのは珍しいとばかりに葵はほんの少し首を傾げ、「にんじんとじゃがいもと……あと、サーモンと鶏肉ですけれど……?」もしかして苦手なものがありましたか?と問いかけてくる彼女の前で、綺礼は脱力していた。サーモンと鶏肉。なんという取り合わせだ。「あの、何か?」「どうやら賭けの勝者は師でも私でもなく、――奥様のようだと思いまして」「賭け?」葵が首を傾げる。綺礼は彼女に気付かれぬよう、口元に苦笑を浮かべた。「あとで師に聞くとよいでしょう。きっとあなたに待ちぼうけをさせた埋め合わせをしてくれるに違いありませんよ」そう言い置いて、ホイル焼きを載せた皿とライスの皿を手にとった。なにか言いたげな葵を残したままリビングへと向かえば、そこでは時臣が白いテーブルクロスを伸ばしているところだった。二人しか使わないのにとも思うが、彼らしいとも思う。「おや、綺礼。皿を運んでくれたのだね。ありがとう」「いえ、この程度」テーブルクロスがぴんとしていると、何故だか料理が更に美味しそうに見えるものだ。真っ白いテーブルクロスに白い皿、銀の食器、この時間では腹に痛いほどの良い香り。時臣はちらちらと、ホイル焼きの皿を気にしている。綺礼はその視線に気付かぬふりをした。やがて、葵が茶を淹れて戻ってくる。時臣も綺礼も席について、食前の祈りを捧げ、そしてそれぞれに食器を手にとった。焦げ目のついたホイルを開いた時の時臣の顔と、それを不思議そうに見つめる葵の表情と言ったら――――今夜は何もかもが滅多にないことの連続だ。何せ一年に一回しかない日の後夜祭。――そう、後夜祭という響きは、きっと正しい。時臣だって柄にないことをするだろうし、葵だっていつもは押し隠せる感情を隠せない。だから今くらいは、綺礼も。――来年もこうして彼らが幸せであるよう、祈ったっていいだろう。初めての時葵に挑んで撃沈。遠坂夫婦大好き…夫婦にさちあれ…時臣さん、今年も誕生日おめでとうございました。 PR